15章
第十五章、 「安寿は守本尊を取り出して、夢で据えたと同じように、枕もとに据えた。 二人はそれを伏し拝んで、かすかな燈火の明りにすかして、地蔵尊の額を見た。白毫の右左に、鏨で彫ったような十文字の疵があざやかに見えた。・・・安寿は姉娘、厨子王は弟の名である。」 「山椒大夫」(森鴎外) 015001….灌漑。 延宝二年、羽ノ浦の村々の田畑は見違えた。 頭首工が岩脇に設けられた。 内川から取水して、内川と北に平行して東西に親溝畦が掘られた。 田畑は長方形に整備され、縦横に子溝畦と孫溝畦が張り巡らされた。狭小・不整形の田畑も、豆や里芋の畑となった。泥田が水田となり、砂ばかりの土地が粘土を含んで茶色い畑に変わった。 015002….青い空、青い海。 お盆を迎えた。 延宝二年七月十三日巳の初刻(西暦1674年8月14日午前9時)、お松は西原の河原に立っていた。那賀川上流の村々からやって来る筏を見るためである。そして何より、鉄造や鉄太に会えると期待したのである。 途切れる事なく何艘もの筏が下るのを見送ると、少し間隔が空いた。上流にいる次の筏は、まだ遠くにいる。そこで背中を向けて、鼠色の単衣を脱いでもんぺは履いたまま水浴びした。角張った両肩に比べると胸の膨らみは小さく、働き者の百姓のおのこのような上半身を露にした。 濡れた単衣を絞って着ると、晒しがゆらゆらと流れて来てふくらはぎに漂着した。晒しを拾うと、そこには【加茂村美緒】と記されていた。 振り向くと、さっきの筏はそれと分かる距離に近付いた。 二人の筏である。 鉄造は河原へ筏を着けるなり、お松に駆けて美緒の晒しを受け取った。 「やっぱり、お松さまかー。これはありがたい。」 「うちに『様』なんか付けんといて。」 鉄太は、駆け寄りたいのは自分なのにという思いを隠して、 「お松さんお久しぶりです。」 と歩いて、お松に寄った。 「ごめん。五月は田植が忙しゅうて来れんかった。ほんでも、仏さまを海に流す盆なら、きっと鉄太さん来るやろう思うて、今日、ここで待っとんたんじょ。」 鉄太の焼けた黒い顔が赤くなった。 でも、意を決して、 「約束通り海へ」 「ほんでも、祥次おらんじょ。」 鉄造が、 「太陽が巳午(南南東)に達したら潮が満ちる。その時、漕ぎ出そうか。」 と同伴すると言った。 鉄造も、倅の恋路を邪魔するほど野暮...