15章

第十五章、

「安寿は守本尊を取り出して、夢で据えたと同じように、枕もとに据えた。

 二人はそれを伏し拝んで、かすかな燈火の明りにすかして、地蔵尊の額を見た。白毫の右左に、鏨で彫ったような十文字の疵があざやかに見えた。・・・安寿は姉娘、厨子王は弟の名である。」

「山椒大夫」(森鴎外)



015001….灌漑。


 延宝二年、羽ノ浦の村々の田畑は見違えた。

 頭首工が岩脇に設けられた。

 内川から取水して、内川と北に平行して東西に親溝畦が掘られた。

 田畑は長方形に整備され、縦横に子溝畦と孫溝畦が張り巡らされた。狭小・不整形の田畑も、豆や里芋の畑となった。泥田が水田となり、砂ばかりの土地が粘土を含んで茶色い畑に変わった。


015002….青い空、青い海。


 お盆を迎えた。

 延宝二年七月十三日巳の初刻(西暦1674年8月14日午前9時)、お松は西原の河原に立っていた。那賀川上流の村々からやって来る筏を見るためである。そして何より、鉄造や鉄太に会えると期待したのである。

 途切れる事なく何艘もの筏が下るのを見送ると、少し間隔が空いた。上流にいる次の筏は、まだ遠くにいる。そこで背中を向けて、鼠色の単衣を脱いでもんぺは履いたまま水浴びした。角張った両肩に比べると胸の膨らみは小さく、働き者の百姓のおのこのような上半身を露にした。

 濡れた単衣を絞って着ると、晒しがゆらゆらと流れて来てふくらはぎに漂着した。晒しを拾うと、そこには【加茂村美緒】と記されていた。

 振り向くと、さっきの筏はそれと分かる距離に近付いた。

 二人の筏である。

 鉄造は河原へ筏を着けるなり、お松に駆けて美緒の晒しを受け取った。

「やっぱり、お松さまかー。これはありがたい。」

「うちに『様』なんか付けんといて。」

 鉄太は、駆け寄りたいのは自分なのにという思いを隠して、

「お松さんお久しぶりです。」

と歩いて、お松に寄った。

「ごめん。五月は田植が忙しゅうて来れんかった。ほんでも、仏さまを海に流す盆なら、きっと鉄太さん来るやろう思うて、今日、ここで待っとんたんじょ。」

 鉄太の焼けた黒い顔が赤くなった。

 でも、意を決して、

「約束通り海へ」

「ほんでも、祥次おらんじょ。」

 鉄造が、

「太陽が巳午(南南東)に達したら潮が満ちる。その時、漕ぎ出そうか。」

と同伴すると言った。

 鉄造も、倅の恋路を邪魔するほど野暮でない。それでも、まだ、数えで十三歳の二人に河口の筏操作を任せるのは、あまりにも危険である。それでも、不平な顔する倅に、

「おまん、海をなめとんか!潮がほんとに満ちて来たら川底に竿付かんなるぞ。ほんで、水面の方は川の流れが勝って海へドンドン流される。」

 鉄太は、お松の手前、見栄を張ってしまった自分の愚かさに恥じてしまい気落ちした。

「お松さん。鉄太に筏の操作、ように教えるけん付き合おうてくれんけ?」

 三人は、西原から、澪筋を避けて緩やかな水路を選んで平島へ下った。

 川底がずっと透けて見えていたが、すぐ先に青く淀んだ水域が見えて来た。

 汽水域である。

 筏は泊まった。

 鉄造が、美緒の晒しを竿の先に引っ掛けて汽水域に投じた。ゆっくりと彼方へと誘われて行く。次に加茂村の仏さんのを一枚、そしてもう一枚を投じた。

 今度は鉄太が、加茂村の仏さんを一枚、投じた。

 そして、奈緒の晒しを竿の先に付けると、

「あっ、少し待て」

 鉄造が、鉄太を止めた。

 四枚の晒しが、ゆっくりと河口へと誘われて行く。

 美緒の晒しが、離岸流に乗って海の波狭間に消えた。

「お松様、鉄太と一緒に持ってやってくれませんか。その仏様は水子です。」

 お松は頷いて、竿を持つ鉄太の両手に自分の両手を添えた。二人は、奈緒の生まれ変わりを願って、汽水域に投じた。

 そして、海の彼方へ消えた。

 三人は、彼方に手を合わせた。

 広大な海がずっと広がって、その見えない先で空と一緒になる。

「仏さま」

 お松は胸を張り、手を合わせ冥福を祈った。

「お松様」

と鉄造が尋ねた。

「『様』やめてぇー」

「いいえ。お松様、あなた様はどんな人になりたいのか。それを聴きたいのです。」

「青い空。

 青い海。

 仏様が御座す所。

 百姓はひとつ。

 百姓である自分を誇りたい。」

と、お松は答えた。

 鉄造の背筋に稲妻が走った。

【この子は、鉄太の嫁などに収まるお方ではない】


 百姓はひとつ。

 百姓である自分を誇りたい。」

と、お松は答えた。

 鉄造の背筋に稲妻が走った。

【この子は、鉄太の嫁などに収まるお方ではない】

「百姓はひとつ」、一人の青年の名が閃いた。


015003….二百十日。


 二百十日も無事に過ぎた。

 延宝二年(西暦1674年2月6日~1675年1月25日)、延宝三(西暦1675年1月26日~1676年2月13日)は、豊作が続いた。

 それは紛れもなく、頭首工の建設と村々を縦横に網羅し灌漑・排水する孫・子・親溝畦の整備によるもので、泥まみれの労働の所産であった。

 麦と早稲・中稲中心の夏年貢も、晩稲中心の秋年貢も豊穣を極めた。

 羽ノ浦すべての村々にある備蓄籾蔵も満杯となった。

【二年、凶作が来ても大丈夫じゃー!】

 村人達の顔は、皆、笑顔で満たされた。

 秋祭り。

 マリ達は現れなかった。

 それでも、おなごもおのこも老いも若き歌い踊った。


015004.....大水。

 だが、延宝四年(西暦1676年2月14日~1677年2月1日)は、大きな後退となった。

 五月、梅雨の大雨が続き、八月、二度の台風に襲われた。

 那賀川はこの年、巨大な龍となり暴れた。

 岩脇の頭首工は、飲み干された。

 溝畦と長方形の田畑は、舐め尽された。

 三ヶ月間、村の田畑の大方が水に浸った。

 水が引いた後も、羽ノ浦の村々は微高地に作られた家と田畑だけが残り、海とも川とも判別の付かない島々のようになってしまった。

 佐藤良左衛門は、村の無残な変貌を茫然と見るしかなかった。


015005….復旧。

 延宝四年九月(西暦1676年10月8日~11月5日) 、晴天が続いた。

 それでも、田畑は沼地になっている。溝畦は、畦と法面部分が全域に渡って崩れ形を失い、溝部分は崩れた土砂や流木で閉塞していた。

 村総出の溝畦を復旧する工事が始まった。

 村人達が田畑に溝を切ると、孫→子→親の溝へと排水が進んだ。土砂や流木で埋まった溝畦を修復すると、内川(那賀川の派川)もしくは外川(那賀川本流)へ排水が進んだ。

 夏年貢は免除されたが、秋年貢は備蓄蔵から賄う事になった。

 困窮した村人が続出して、盗みが多発した。

 そんな折、羽ノ浦を揺るがす大事件が起きた。

 延宝四年十月十五日(西暦1676年11月20日)から翌日の延宝四年十月十六日(西暦1676年11月21日)の夜半に跨がって、岩脇の備蓄蔵から二十四俵の籾俵が盗まれた。番人は莚巻きにされて、猿ぐつわをされて放置された。命に別状はなく助けられた。

 若衆による取り締まりが強化され、十人の盗人が捕らえられた。十人が犯した事件はいずれも、いわゆるこそ泥であった。


015006….里芋。


 十人の中に女がいた。

 女は、ひもじい娘の腹を満たすため里芋を盗み、額に烙印が押された。

 延宝四年十月二十九日(西暦1676年12月4日)。

 岩脇に設けられた頭首工を復旧する工事が始まった。

 破損した蛇籠を修繕ないし取り替え、石を蛇籠に詰め直さなければならない。

 頭首工の基礎に蛇籠が置かれ、そこに石を詰め込む人々がいる。

 第十二章で述べたように、内川は那賀川の旧河道である。17世紀頃までは、南岸・右岸の岡川と対を成す北岸・左岸の那賀川本流(外川)の派川であった。

 第九章で述べたように、頭首工は自然の地形を利用して設けられている。

 

 内川の淵は強く冷たい。

 腰の高さまで水に浸かるので体温を奪う。

 お秀は純粋に、その人々を労いたいと思ったのである。

 一時おきに四半時の休みが許された。

 四人の村の若衆がその人々を見張る。

 人々の上腕には、男、女関係なく烙印が押されている。

 焚き火は用意されているが、それは勿論、人々の体を思ったものでなく倒れたら元も子もなくなるからである。

 お秀はお妙を連れて、そんな監視の目の中を手付き籠に里芋煮を盛って入り込んで来た。

 若衆の一人が、

「御寮さま。行けません!」

 お秀は美麗な目尻を尖らし、

「何故です!」

「貴重な里芋をこのような者どもに・・・」

「貴重な里芋だからこそ大変な仕事をされている方々を労えると思ったのです。」

 若衆は、言い返す事ができなかった。

 人々は、里芋に満たされた。

 ただ、一人、青ざめた唇で体を震わす女がいた。

「この人は震えています。随分と体が弱っています。休ませて上げて下さい。」

 若衆の頭が介入する。

 名を耕太郎と言う。

「なりませぬ。これは、罪人です。」

「いいえ!後生です!お願いします!」

 美麗な眼差しに耕太郎は説き伏せられた。

 お秀はお妙と二人して、両脇から女を抱えた。

 見れば、一人だけ額に烙印が押されている。

【この人の罪がどんなに重くても、助けが必要な事に変わりはない。】

 そう、お秀は思ったのである。

 でも、女の足元は覚束ず、お秀はお妙が言うを押さえて最後は罪人小屋まで自分一人で女を背負った。

 女は、痩せこけて軽かった。

 莚を敷いて掛けて寝させてやった。

「御寮・さ・ま・・」

 消え入りそうな声で女は目に涙を浮かべた。

「無理なさらないで。休んで下さい。」

 女は、安心して眠りに落ちた。

 女の名前は、お篠である。

 お秀は、お妙を屋敷に走らせ滋養の付く物を取りにやらせた。

 そんな矢先の事だった。

「人柱を立てなぁ」

 村の誰となく、そんな声が上がった。

 良左衛門も、そんな一人になってしまった。

 延宝四年十月二十九日(西暦1676年12月4日)~延宝四年十一月一日(西暦1676年12月5日)

 夜半を跨ぎ、佐藤良左衛門宅で村役の会議が行われた。

 議題は、

【人柱を立てて、龍神の怒りを鎮めよう。無論、村人から立てるわけには行かぬ、誰かを!罪人を川に沈めるんじゃ。女がええ。一人えーぇのがおる。篠じゃ。もうあの女はだいぶへばっとる。もうなんの役にも立たん。人柱になってもろうて罪を購ってもらおう。】

 そんな決定が、何の異議もなく通りそうになったのである。

 お秀は、深夜、奥の間で行われている密議に、ただならぬ雰囲気を感じた。理不尽な決定にワナワナとして堪えられず密議に踏み込んだのである。

「父上、何という酷い事を決めるのですか。見損ないましたぞ!」

 良左衛門は、この時、本来の人徳と英邁さを失っていた。

「何をゆうか!それが親に向かってゆう言葉か!」

「親であるからゆうのです!子であるからゆうのです!親の非道!子の私が命をもってでも諌めまする!」

 数えで十七歳の美麗な少女の目が村役達を睨み付け戦慄させた。

 しかしながら、良左衛門も含めて村役達はその美麗な目に戦慄こそ覚えたものの、その放った眼の光源がどんなふうに満たされているか想像だにできなかった。

 お妙は恐れた。

 誰よりもその性根を知っている。

 だから、とんでもない事に発展する。

 それは、お秀が自分の命をもってでも遂行するであろう悲しい結末を予見したのである。

 お妙は、お松の元へ走った。

 それを聞いてお松は中庄から、吉田宅兵衛がいる上流の古毛へ走ったのである。

【御寮さまの命を救う!お篠さんの命を救う!二人とも救えるんは、宅兵衛しかおらん!それやれんかったら、宅!おまん!おのこじゃないぞーおーー】

 お松は走った。

 一里の道のりを全力で星の光だけを頼りに走った。

 一度、畦道と思って踏み外し法面を斜めに滑って溝に落ちた。それで反省して、遠目近目に眼球を動かして、漆黒の中に灰色の道筋を定めて走った。

【朝までに、宅を頭首工がある岩脇に絶対に連れて来るんじゃ!】

 急を知らされた宅兵衛は、全力で視神経を尖らせて古毛まで走り抜けてくれたお松を置き去るように岩脇へ走った。

 お松は、その背中を頼もしく思った。

 しかしまだ走り、急を告げなければならない人がいる。それは和尚である。中庄の寺まで走らなければならない。

 宅兵衛は岩脇に到着した。

 復旧した頭首工を望む岩場の上に、月光のない星光に照らされて白装束の少女が立っている。その白装束は、袖も裾も丈短くバッサリと切られている。そこから伸びた手足は露で白装束と一体になって、闇の中に浮き出ている。

 岩場は、淵に臨んでいる。

 一人、そこで朝を待っているのである。

 宅兵衛は、ひしひしと伝わって来るものを感じて、すわ、淵に身を投じべく褌一つになった。

【命を投げ出すのではない。命を掛けて、お篠さんを救おうとされているのじゃ!なら、わしはぁー・・・】

 太陽が昇った。

 延宝四年十一月一日(西暦1676年12月5日)。

 縄目にされたお篠が、お秀の介抱もあって、シャンとした足取りで村役、そして、良左衛門達によって岩場の下の河原に引き連られて来た。

 村役たち、良左衛門はギョッとして皆、足を止めた。

 岩場の上から見下ろす美麗な目が、昇る太陽光に輝いている。

 岩場の下の水面にも太陽光が反射して、その乱反射さえも美麗な光源にあたかも吸収されているかのようである。

「おとなたち!恥を知りなさい!もしも、お篠殿を人柱にするというなら、私、秀、この一命に替えてもお篠殿を救います!」

 予定では、お秀の立つ岩場からお篠は人柱として縄目にされたまま淵に沈められる筈だった。

 お秀は、これを知って阻むと決意した。そして、阻めないなら救出しようと考えた。右手に縄を切る小柄を握りしめている。すわ、それを口に銜えて淵に飛び込むつもりでいるのである。

 村役たちも良左衛門も、お秀が放つ眼光に膝を折られてしまった。

 良左衛門は、我に返ったのか、泣き崩れてしまった。

「父上!泣いている場合ではないでしょう!」

 良左衛門は、自らお篠の縄を解いた。

「どうか、お・ゆるぅくざぁぃ」

 言葉にならなく、それはもう醜くく顔を歪め、河原に手を付き伏せた顔から涙と鼻水がダラダラと流れた。

 和尚がやって来た。

 良左衛門に、

「おまんは孝行な娘をもったのぉ。」

と肩に手を置いた。

 良左衛門は嗚咽して言葉が出ない。

 顔を上げた。

 歪んだ顔は、涙と鼻水で汚れている。

「お篠とやら、おまんの罪とは盗みじゃろー」

「はい。申し訳ありません。」

「それは娘のために犯した罪じゃろう。」

「いいえ。それでも、娘は・・・」

「お竹なら心配いらん。林太郎知っとろう。惣兵衛とういう他所の村の庄屋が二人とも保護した。心配いらん。ほんでも、おまんの盗みを攻めるのならこの坊主が、先に攻めを負わんと行かん。ほんで、次はお前じゃろぉー」

 良左衛門は頷いた。

 お秀が安堵して、河原に降りて来た。

 ニの腕と両腿が、艶やかに桜色に光る。

 和尚を呼んだお松も、息切れ切れに到着した。

 ザンバラオカッパの黒い顔は、汗まみれの鼠色の単衣が角張った両肩に張り付いている。胸の膨らみが幼いので逞しいおのこと見紛う姿である。

 宅兵衛は、股引きを履いて単衣を着た。背丈は、二歳上のお秀と並び、同い年のお松に三寸及ばない。

 お妙もお秀の側に寄った。

 お秀、お松、宅兵衛、お妙が微笑んでお篠を囲んだ。

 お篠の盗みは、その場で許された。

 良左衛門の門長屋に暫く留まる事となって、お妙が寄り添い岩場を離れた。

 めでたし、めでたし。

 お秀は、十七の少女に戻り可憐に笑った。

 そして、和尚にそれとなくお篠の罪を尋ねた。

「里芋を盗ったんじゃ。」

「さ・と・い・も」

 お秀は、その場に崩れた。


015007….与左衛門こと、与四郎。


😺猫:⌚時間は遡る。

 備蓄籾俵強盗事件は、延宝四年十月十五日(西暦1676年11月20日)から翌日の延宝四年十月十六日(西暦1676年11月21日)の夜半に跨がって行われた。

 与左衛門は手下三人を使って、岩脇の備蓄蔵の籾俵を盗んだ。番人一人を莚巻きにし猿ぐつわをして現場に放置した。

 莚巻きにされた番人が、耕太郎である。

 この備蓄籾俵強盗事件は、周到な下調べと用意に基づくものであった。

 与左衛門は中庄の出で四男坊、元は与四郎と言った。親から受け継ぐ土地もなく町(富岡や徳島)へ奉公に出るか、他所の村で期間農業労働者として働くしかない境遇であった。さほど、デカくないがすばしっこく言葉が巧みで、その澄まし顔が若い女の気を引きモテる。最初は、加茂村で下男として村役の忠助の屋敷で働き、そこで下女のお茂と知り合いおのこが生まれた。

 そう、与左衛門こと与四郎は、与十郎の父である。

 そして、与四郎は下人の生活に嫌気が差して、お茂と与十郎を置いて加茂村を出奔した。

 それから、那賀川沿岸の村々で盗みを働き、時には女をかどわかし、婢として売り飛ばした。賭場も開き(もちろん非合法)、男の百姓から金を巻き上げ、払えないならこれも奴として売り飛ばした。すばしっこく、ずる賢いので喧嘩は強く、デカい男を簡単にやっつけた。そんな与四郎を慕って弟分にしてくれと、自然と同じような境遇の若者が与四郎の下に集まったのである。

 そんな折に、野上三左衛門に出会った。

 三左衛門こそ、この物語における悪役の筆頭である。心に留め置きなされ!

 岩脇では、庄屋・林之助(林太郎の父)の下女として働いていたお篠を手連に掛けた。

「わしのために、もっと稼ぎのええ仕事をするんじゃ。」

と誘ったが、それにはお篠は引っ掛からなかった。

「わしがほんとに、お前のようなブスに惚れる思ぉーたんか!・アホー!」

と言って去った。

 お篠は、おなごんこを身ごもった。

 お竹である。


015008….すずめの鉄砲。


🐱猫:お竹:プロフィール:

寛文十年六月二十四日(西暦1670年8月9日)生まれ

🐱猫:林太郎:プロフィール:

寛文四年十月五日(西暦1664年11月22日)生まれ


 お篠が与太者の子を身篭った事は、林之助は勿論、岩脇の村人にも知れた。

 林之介は、お篠の働きぶりが真面目なので、村でお篠の悪評が立ったが下人小屋に留め置いたのである。

 林太郎は、悪評を垂れるおとな達を快く思っていない。

「おばちゃん、赤ちゃんおるんじゃろう」

 お篠のお腹の大きい内から、麦や芋、時に鮒やどじょうを捕まえて届けた。

 田んぼに生み落とした時には、生まれたばかりのお竹を抱えて下人小屋まで同行した。

「おばちゃん、わし、薪おこせるでぇ。」

と、お篠に乞われて産湯も沸かした。

 延宝四年がやって来る。

 延宝四年三月(西暦1676年4月13日~5月12日)、畦の所々にすずめの鉄砲が生えた。

 すずめの鉄砲は、雑草である。

 作物にとって益も害もないので、作物の成育に邪魔にならない限り生存を許されている。畦にも、豆やら大根やら所狭しに植わっているので、その合間に、すずめの鉄砲がポツンポツンとのっぽな穂を覗かせている。

 お竹が、

「笛吹いて」

と林太郎に甘えて、

「お腹すいた。」

 林太郎は、懐の中から里芋を取り出した。

 林太郎は、お腹をいつも空かしているお竹のために炊いた里芋を持ち歩いている。

「美味しい」

と頬張りながら笑う。

 そんなお竹を見ながら、少し斜面の畦に座り込んで大空を見上げて草笛を吹くと、林太郎の心も大空のように広がるのであった。雲が広がれば雨に恵まれ、青空になれば太陽に恵まれ、夜になれば眠りに誘ってくれる大空に向かって、色んな音色を奏でてくれるすずめの鉄砲を吹くのが好きになってしまった。


015009….烙印。


 四月(西暦5月13日~6月11日)、立夏を迎えたが日照時間が不足していた。

 加えて、四月十日(5月22日)頃より雨が続き、そのまま梅雨に入った。

 麦も早生も生育不足だが見切りを付けて、刈取を早急に行った。

 長雨が続いた結果、溝畦が岩脇と明見の村に那賀川の氾濫を呼び込み晩稲の種播きもできなかった。

 そんな折りに、お篠は体を壊して働きに出られなくなった。

 林太郎は、林之介の目を盗んで、

「おばちゃん、大丈夫け?」

と言って、麦や芋、時に鮒やどじょうを届けた。

 林之介は、この頃は倅の行動を見過ごしてやっていた。本来は、働かない下女に食べ物を与えるなど許されない。

 そんな折り、延宝四年六月(西暦1676年7月20~8月18日)と七月(8月19日~9月17日)に、二度の台風に襲われた。

 微高地の畑、そして、そこに建つ家々にまで、那賀川の氾濫が襲った。

 林之介は、述懐した。

【わしも延宝二年、三年の豊作に浮かれてしもうた。田畑の区画整備と溝畦作りによって、岩脇も含めて羽ノ浦の村々が大豊作となった。

 寛文十二年(西暦1673年1月30日~1673年2月16日)の日照りでの凶作が良左衛門さまに頭首工と溝畦の整備を決意させたんじゃろう。ほんでも、この岩脇は、外川(那賀川本流)から分水する内川の水源に近い。特に水に不自由する事はなかったんじゃ。実際、寛文十二年の日照りの凶作時、さほど岩脇と明見は困窮せんかった。

 ほんでも、下流の村々の水不足の状況を知らぬ顔をする訳には行かんし。ほんで、気ぃーが進まんかったけんど、羽ノ浦全体の協働事業として参加した。

 ほんでも、岩脇の庄屋として、この工事には反対すべきじゃった。何でなら、この洪水は、一重に頭首工を岩脇に作った事が、もたらした災いであるとしか思えん。どうしてもと言うなら、人柱を沈めて今度こそは工事を成功してもらわんと行かん。】

 相変わらず倅の林太郎は、お篠とお竹に食べ物や薪までも届けている。

 されども、備蓄の籾俵も蔵にあるし、林太郎の行動をまだ大目に見ていた。

 そんな折り、延宝四年十月十六日、岩脇は朝から大騒ぎとなった。

 村の蔵から備蓄の籾俵が盗まれ、莚巻きにされた耕太郎が発見された。

 林之介は、倅の行動を見過ごす訳には行かなくなった。

「働きに出んもんに、貴重な食べ物を与えてはならん!」

と、林太郎を叱責した。

「ほんでも、今のおばちゃんに『働け』ゆうんは無理じゃ!ほんで、お竹ちゃんもおるし!」

 十三歳の林太郎は、精一杯、盾を突いた。

 庄屋の林之介は、そんな倅の感傷に浸れない。

「ならんゆうたらならんのじゃ!」

 林之介の理は、こうである。

【そんなんいよったら、早晩、困窮する者が村から続々と出て来る。そのもんらみんな助けな行かんなる。お篠が働けるんならそれでええ。ほんでも働らけんのじゃけん、下女の身、食い扶持がのうて死ぬんはしゃあーない事じゃ。なんも同情する事じゃない。まだ、こんまいお竹は可哀相かもしれんけんど、どこの馬の骨か分からん奴の子ぉーじゃ。そういうもんとして生きるしかないじゃろう!】

 林之介は、余りに林太郎が言う事を聞かないので蔵に押し込め、食べ物と水だけをやはり下人の彦兵衛に運ばせた。

 お篠とお竹にとって、林太郎が運んで来てくれる食べ物と薪だけが生活の糧であった。それが、途切れてしまったのである。

 村では、芋や鶏の卵を盗む事件が多発していた。若衆らによる警邏が行われていた。

 そんな折り、十月十九日、お腹を空かし泣くお竹のために、お篠は里芋を盗んだ。

 それが最初の盗みであった。お篠は、その場で耕太郎ら若衆に取り押さえられた。

「後生です。娘が・・・」

と言ってしまった。

 耕太郎は、随伴していた若衆に下人小屋からお竹を連行するよう命じた。

 お篠とお竹は、罪人小屋に連行された。

 雇用主の林之介も、取り調べにやって来た。下人と下人の子供の所有権は、林之介にある。同時に、林之介は庄屋でもあるため、下人の犯した犯罪への監督責任が問われる。お篠へも盗みの罪が下り、お竹へも盗んだ里芋を食したとして同罪が下った。最低半年間の囚人労働が課せられる。

 烙印が用意された。

 お篠が哀願する。

「後生です。盗みを働いたのは、私です。娘は、私が与えた物をただ、食べただけです。」

 耕太郎が、薄笑いを浮かべた。

 四日前の朝、莚巻きにされ朝まで放置された。

 体中が縛られたせいで、救出された日は歩く事さえままならず、箸さえも持てなかった。昨日、やっと歩けるようになって、手足の感覚も戻って来たのである。三日間、盗みに対する憎しみだけを糧に何とか体を持ち直したそんな四日目の朝に、お篠の盗みを目撃したのである。

「行かん!盗みの罪は体で思い知れ!」

 お竹は、最初、事情が飲み込めず、ただ、お篠の背中で怯えていただけだったが、烙印を右手に持った耕太郎の形相に泣き叫んだ。

 耕太郎の行動は、盗みへの怒りで常軌を逸している。

 お篠の背中からお竹を左手一本でもぎ取るように引きずり出した。お竹のそれはもう断末魔の物に化した。

 耕太郎は、不気味な笑いさえ浮かべ烙印を右手に取り、左手一本でお竹の右肩を開けた。

 お篠は、お竹の前に身を投げ出した。

「後生です。お怒りなら、うちの顔を!そんかわり、こん子!許して!」

 耕太郎は、お篠を見定めた。

「ほんなら許したる!そん代わりお前はこうじゃあー!」

 烙印が、お篠の額に押された。

 お篠は、余りの激痛に一瞬で気を失ったが、本能がお竹を守る事を忘れなかった。倒れながらも、お竹を自分の体に包み込んだ。それでも、それが精一杯の母としての防御であった。

 耕太郎は、気絶したお篠の両腕をこじ開けお竹を引き離した。

 お竹は、絶叫を止め、

「かあちゃん。母ちゃん。」

と、か細く泣くだけになってしまった。

 耕太郎は、

「こいつは売れる。」

と、昨日、訪れた人買いを思い出したのである。


015010….備蓄籾俵強盗事件。


🐱猫:⌚時間:時間は遡る。 

 延宝四年十月十五日(西暦1676年11月20日)から翌日の延宝四年十月十六日(西暦1676年11月21日)の夜半。

 備蓄籾俵強盗事件が凶行された。

 首領・野上三左衛門が、与左衛門こと与四郎に与えた指令はこうである。

「まずは、下調べじゃ。爺婆を番で貸すけん遍路にでも化けさせろ。なぁーに、二人とも海千山千よぉー。番人はいるか?鍵はどうだ?後は、周辺の地理だ。その辺をよーく二人に聴け!二人とも要領得んであぁーじゃこぉーじゃと喋るが、よぉー見とぉー。上手くおだてて爺婆に機嫌よく喋らせぇー。えぇーなぁー。機嫌を削ぐんじゃねぇーぞ!ばってん、肝は座っとるけぇー、おみゃーのような、駆け出しもんが生意気言うんじゃねぇーぞ。ぶちかますぞぉー!」

 三左衛門は、色々な地方の言い回しをわざとにする。そして、今度は侍言葉に口調を変える。

「よいか、仕事の日時を教える。十月十五日申の初刻(15時)から始める。大船から十石の伝馬船を出してやる。離岸流を避けて満ち潮に乗れ。河口に入ったら帆を張れ、海風を使うのだ。古庄を過ぎたら川の流れがきつくなる。帆をいっぱいに張れ。岩脇に着いたら、爺婆が言った所に舟を忍ばせお前達の息も消して待て!満月が、辰巳の方位(南東)を過ぎたら、船を降りろ。仕入れる物は、籾俵二十四俵、四人で六俵ずつ運べ。よいか、六俵ずつちょうどだぞ。それが伝馬船の積載上限だ。子分ら三人は、伝馬船に乗らず、陸で忍ばせろ!現場の事だ。何が起こるか分からない。二十四俵回収できない場合もあるだろう。その場合は、お前の裁量に任せる。お前が指揮を摂り周りを見張れ!もし、周りを囲まれたら仕方がない。子分どもを打った斬れ!一応、お前にも毒を渡して置く。打った斬って、毒を飲むか飲まないか、それはお前で決めろ!わしは、お前を信用してやる。だから、お前はわしに忠節を尽くせ。」

 三左衛門は命じた。

 与左衛門は、

「かしこまりました」

と答えた。

 備蓄籾強盗は、かくして、計画通りに完遂される。

 延宝四年十月十六日正子(西暦1676年11月21日0時)、満月が南中に達した。二十四俵の籾俵は、枯れた内川を荷車四台で渡り、竹薮に囲まれた外川の淵の辺に運ばれた。

 潮は引き潮に変わった。

 忍ばせていた伝馬船が籾二十四俵を載せて緩やかに川を下り、汽水域から引き潮に乗り、河口からは離岸流も合わさり富岡沖の島隠れに停泊する大船に到着するまで四半時(30分)もかからなかった。そして、帆を張る事もなかった。

 あと四日、大船は島隠れに停泊する。

 三左衛門の指令による商品を揃えなければならない。

【あと婢と奴を見繕ろえ。そのうち、男児と女児がいれば好都合だ。しかし、法を犯してはならない。本人の合意を取り付けろ!】


015011....吉造。


 延宝四年十月十六日(西暦1676年11月21日)の午後、惣兵衛は加茂村で備蓄籾俵強盗事件の急報を受けた。

 惣兵衛は、

【強奪手段は船である。潮の干満を利用した複数人の計画的な犯行に違いない。】

と分析した。

 鉄造を呼んだ。

 惣兵衛は、

「実は、大野村や小松島でも備蓄籾が強奪されているのです。でも、まだ荷積みが足りないはずです。だからもう一度、賊どもがやって来るはずです。そこを捕らえたい。」

「承知いたしました。わしと吉造と吉太がお伴いたします。吉太は吉造の長男で十七で屈強、我が倅・鉄太はまだ十五、残念ながら賊ども相手の斬り合いではまだ敵いません。」

 吉造、吉太も賊の捕縛作戦を快諾した。

 吉造は宣誓する。

「昨年七月、わしは『命に替えても惣兵衛さま、お守り致します。』と申しました。この言葉に、二言はございません。村の困窮に付け入って、備蓄蔵を襲う賊など、絶対に許せない!賊退治が惣兵衛さまの命ならば、まさしく我が意を得たり。惣兵衛さまは、この村の百姓みんなにとって大事な人じゃ。そればかりか、他所の村の窮状さえ救われようとされている。それを惣兵衛さまが、この不肖の親子にやってくれと頼んで下さるなら、こんな冥利に尽きる事はございません。やり通してみせましょう!」

「今晩から五日間、潮の変わり目の夜半に張り込みます。場所は読めます。私が指揮を執ります。実働をお願いできますか。」

「はい!」「承知!」

と、鉄造と吉造。

 そして、吉太も唾をのんで、

「はい!」


015012….彦兵衛。


 延宝四年十月十九日(西暦1676年11月24日)、お篠の額に烙印が押された日の酉の正刻(18時)。

 彦兵衛は、林之介に言われて林太郎に夕食を蔵に運んだ。

 膝を曲げて膳を床に置くと彦兵衛は、扉の外に立て掛けてあった仕置き棒を持った。

 薄暗い中、恐ろしく不気味である。

 そして、仕置き棒を藁敷き床に置いて、

「この棒でわしを殴って、逃げ出して下さい。」

と声がすると、膳を置いた格好で前に屈んだ。

「そんな事、おじちゃん、できる訳ないじゃないですか。」

 林太郎は彦兵衛の胸中が分からない。

「お竹ちゃんが売られる。」

 彦兵衛は、前屈みになったまま、ボソッと言った。

 とんでもない事態を知らされたのであるが、当然、殴る事などできない。

「お坊ちゃま早く、夜半を過ぎたらもうおしまいです。」

 林太郎は、彦兵衛の捨て身の善意に意を決したのである。

 下人の立場で、主人・林之介の命令に逆らい林太郎を逃がせば、彦兵衛はその仕置き棒で制裁を受ける。それなら、林太郎が彦兵衛の首筋を強打して気絶させ逃走した事に見せ掛ければ、少なくとも仕置き棒での制裁は受けなくて済む。しかし、見せ掛けで済む程度のものであってはならない。だからそれは、林太郎にも同じ覚悟を求めるものであった。

 林太郎は、

「おじちゃん御免!」

 渾身の力を振り絞った。

 彦兵衛は、そのままの姿勢で膳の上に倒れた。

 林太郎は、罪人小屋へ走った。

 耕太郎が、泣きじゃくるお竹をつまみ出すように罪人小屋から引きずり出した。お篠は、別の罪人小屋で拘束されている。

 耕太郎は、お竹の襟髪を掴み歩かせている。

 林太郎は覚悟を決め、いざという時の腹ずもりをした。でも、今はその機会ではない。遮二無二に出たい衝動を抑えた。



015013….父と娘。


 林太郎は、

【おじちゃん、御免。わし、ひょっとしたらおじちゃんに大怪我させたかもしれん。ほんでもぉ~おじちゃん、おじちゃんそうなってもええけんぅあしにお竹ちゃん助けてやれ!思うて・・・】

と、彦兵衛の胸中を思うとどうにも涙が止まらなくなった。

【ほんでも、どーしょ~ぉ】

 林太郎は、お竹を連行する耕太郎を闇の中、見失わないよう追うしかなかった。

 そして、別れ道にやって来た。

 東・左へ下れば、竹薮に囲まれた淵の辺への道で、西・右へ下れば、内川との分水点である。

 その別れ道で、耕太郎は立ち止まり逃げ出さないようお竹の襟髪を掴んだ。そこへ、与左衛門こと与四郎が現れた。

「なかなかべっぴんだ。」

 耕太郎は、証文を出して代金を受け取った。そして、周りを気にしながら村の方へ帰って行った。

 お竹が泣き出した。

「泣くことねぇー。お前のようなべっぴんだったら、こんな貧乏な村にいるより、よっぽどええもん着てええもん食えるぞ。」

とお竹の前に屈んで言って泣き止ませた。

 お竹は諦めた気持ちと与三衛門のうわべの優しさにほだされて泣き止んで竹薮へ下りて行く。それで、お互いに血の繋がった父と娘である事を知らないのである。

 証文には、

【岩脇村罪人竹】

と記されているだけである。 

 林太郎が、

「おじちゃん、わしも連れてって!」

と、闇の中から駆け寄った。

「おにぃーちゃ~ん!」

「お兄ちゃん?」

「そん子の兄じゃ」

「お前も罪人か?」

「うん。腹減っけん里芋盗ったんじゃ。」

「なんじゃ。お前らは里芋盗ったくらいで罪人にされたんか?」

「ほうじゃ。無茶苦茶じゃ。この村!」

「ほうか。分かった。ほんなら連れたったるぅー」

 与左衛門は、那賀郡の言葉で言った。

 三人は、竹藪から三方を竹藪に囲まれた淵の辺へ下りた。

 伝馬船は、淵の際に立つ竹に結わわれていた。

 与左衛門の手下の三人が、すでに手配した婢と奴六人を拘束して待っていた。

 手下の平八が、

「さすがじゃ兄貴、塩梅よぉーおなごんことおのこ連れて来たなー」

と感嘆した。

 与左衛門は鼻で笑い、

「早よぉー船出すぞ」

と命令した。


015014….この娘は逃げた。

 

 日付は変わり、延宝四年十月二十日牛の初刻(西暦1676年11月22日1時)、寝待月が巳の方位に位置する。

 その時、竹藪の闇かられ一筋の光が、三十坪ほどの淵の辺に差し込み、矢が襲った。

 平八の肩に刺さった。

「おらーーー!」

 怒号が月夜を劈き、闇から、先頭に吉造、そして、左に吉太、右に鉄造が続き鉞を手にして密集し襲い掛かって来た。

 手下二人は、恐怖のあまり逃げ出した。

 平八だけが肩に刺さった鏃を抜いて、

「兄貴ぃー」

と、どすを抜いて応戦の構えである。

 与左衛門は一人冷静に、

「賊どもぉーーー!」

と怒鳴り、結わえた伝馬船の前に素手で仁王立ちした。

 吉造、吉太、鉄造が囲んだ。

「待て!こいつの手当てぐらいさせてくれ。」

 与左衛門は、携帯の蓬の葉を当て布切れで平八の肩を止血した。

 平八は出血のせいで体を震わせながらも、応戦の構えを崩さない。

 でも、勝負は見えている。

 鉄造が、

「笑止!賊が、百姓に向かって賊とはなんじゃ!」

と断罪した。

 与左衛門は、川向こうの山の寝待月のかすかな光を背にして、

「わしらは正当な商いをもって奉公人を集めとんじゃ。」

反駁した。

「ギャー!」

 与左衛門の後ろで、悲鳴がした。

 平八の悲鳴だった。

 林太郎が、平八の背中を拾った竹で突き倒したのである。

「違わい!こいつは人買いじゃー!」

と平八からどすを奪い取った。

 お竹が、

「お兄ちゃん」

と言って、林太郎の背中へ回った。

 与左衛門は四人の敵に、ひとり、囲まれた。

「小僧!お前の証文はない。そうまで言うなら、お前はさっさと村へ帰れ!ほんでも、その娘も含め他の七人はちゃんと奉公の証文がある。断じて、人買いではない。それを武力をもって妨害すると言うなら、お前達の方が賊だ!違うか!」

 吉造が鉞を振り上げ、

「ツベクソゆうなー賊め!」

 与左衛門は動じない。

 依然、一筋の光が照らしている。

「なんの理由もなく、わしを殺すと言うのか!面白いやってもらおう!」

と座り込んだ。

 惣兵衛が出て来た。

 手に龕灯を持っている。

「娘さんも放してもらいましょう。与四郎さん。」

「惣兵衛・・・さま?」

 逆光に手をかざして龕灯を手にした姿を確認した。

「念のために証文を見せてもらいましょう。」

「分かりました。」

 与左衛門は、証文を取りに伝馬船に戻る。

 逃げないよう、鉄造が同行した。

「これで文句はないでしょう。」

「では、縄を解いてもらえますか。」

「何でです。」

「自由意思と言うなら縄を解いても、その伝馬船に乗っているはずです。」

「なるほど」

 与左衛門は不敵に笑った。

 もう一度、伝馬船に戻り六人の縄を解いた。

「おーーいお前ら。お前達の好きにしていいぞぉー。野となり山となり好きな所へ行け!」

と、大声で言い放ったが、誰も伝馬船から降りなかった。

「どうでしょう。誰も降りません。」

 林太郎は、お竹を連れて惣兵衛の背中へ逃げた。

「この娘は逃げた。この娘の証文を無効にして頂きましょう。」

「分かりました。昔の御恩に報いましょう。」

 与四郎は、

【罪人竹奉公の意思はない。拠って、岩脇耕太郎と交わした証文に記された約定は全て無効とし、是を廃棄する。竹の身上は、加茂村庄屋 加茂惣兵衛殿の保護に移す。以上の儀、偽りなきを申し述べる。富岡奉公人斡旋業 与左衛門 延宝四年十月二十日】

 与左衛門こと与四郎は、どすの切っ先で右母指を切り拇印を押し、お竹の証文を惣兵衛に渡した。

 惣兵衛は、証文を確認して受け取った。

 与左衛門こと与四郎は、平八を肩に抱えてやり伝馬船に歩いて行く。

 その背中に惣兵衛は告げた。

「与十郎さんは、私が立派な若者に育てます。御心配なく。」

 与四郎は、一瞬、足を止めたが振り返りもせず気力だけで足を運ぶ平八を抱えて伝馬船に乗り込んだ。

 伝馬船は淵の辺から離岸する。

 櫓(ろ)を操り漕ぎ出した。

 その立ち姿に与四郎の影はなく、人買いを合法化する商人・与左衛門となって澪筋へ消えて行った。


015015….鮮やかな光。


 延宝五年正月元旦(西暦1677年2月2日)。

 お篠の容態が悪化した。

 惣兵衛は、お竹に林太郎と一緒に母に会うよう言った。鉄造と吉造が、材木運びで古庄まで筏を組む。それに乗せてもらう事になった。

 お秀とお妙が迎えた。

「御免なさい。」

と、お秀が手を付き詫びた。

「御寮さま、おやめ下さい。

 それより、竹の顔見せて」

「かーちゃん」

 お篠が、お竹を探すように両手を伸ばす。

 お秀は、二人の両手を合わせてやった。

 林太郎が、

「おばちゃん、今、わしとお竹ちゃんは、惣兵衛さまゆう凄い庄屋さまの世話になっとるけん、体直して一緒に三人で暮らそ。」

「林太郎坊ちゃん」

 林太郎は、お篠とお竹が合わせた両手に自分の両手を包むように重ねた。

 お篠の両肘の力がなくなった。

 お竹と林太郎の両手からお篠の両手が滑べり落ちた。

「かーちゃんーーん」「おばちゃーん」「お篠さーーん」「お篠さん」。

 お篠は行った。

 悲しみに包まれた。

 太陽が、明かり取りに立て掛けた藁束に隠れてしまった。

 しかし、その一瞬。

 お篠の額に烙印された赤黒く変色した十時のケロイドが、鮮やかな光を放ったのである。













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